前回の続き
こはくをクーラーボックスにしまい、姉を家まで送った。母に任せるのは忍びなく、呼びつけておいてタクシーで姉をひとり帰らせるのはかわいそうだった。こういうときは運転をするべきではない。
自宅に帰り、妻とソファに座って話をした。テレビの前にこはくが入ったクーラーボックスがある。いよいよこはくの姿が見えなくなり、気を紛らわせたかったけど寂しくて、妻とYouTubeにあげていたこはくの動画を見た。こはくが初めてお家にきたときの動画だ。だけどすぐに止めた。見られなかった。
こはくを選んだのは妻だった。レオとの別れを経験していた妻は、二度とペットを飼うまいと心に決めていたそうだ。それでも、結婚したり、戸建てに引っ越したり、心境の変化があったようで。妻はある日「犬を見に行きたい」と言い出した。
こはくに出会うまで、まあまあ時間が掛かった。近場のペットショップを行脚したり、保護犬譲渡会を検索したり、チワワから柴犬まで、飼いたい犬と飼える犬を考えたり、妻にアレルギー・・・
(2023年5月に下書きはここで終わっていた)
(2026年6月、何を書こうとしたか思い出しながら書き足していく)
妻にアレルギーみたいな炎症が出て慌てて検査に行ったり。
そうして本牧のペットショップで出会ったのがこはくだった。抱っこさせてもらって、顔を見てピンと来たそう。その日のうちだったか、お迎えの意思を伝えて、ただちょっとお腹の調子が悪く1週間お迎えが延期した覚えがある。
父がおれの意見を尊重してくれたように、おれは妻の意見を尊重すべきだったかもしれない。でもぎんちゃんとのお別れを思い出すと、同じようにできなかった。
もっとずっと一緒にいられると思ってた。こはくとあおと、多頭飼いの難しさに頭を悩ませて、でも倍のふわふわがどんな悩みも吹っ飛ばしてくれて。
それをもっと何年も繰り返して、満喫して、お別れしたかったから。
だからこはくには悪いけど、側にいてもらうことにした。おれが決めた。
・・・
確か、こはくが足りない世界を受け入れられなくて、こはくをお迎えしてからの思い出を思い出しながら、何かしらの形に残せばちょっとでも不足を補えるんじゃないかって、考えた気がする。
薄情なもので当時のこのブログのモチベーションはあまり思い出せない。
・・・
先にあげた二つのブログを読み直した。
この3本目のブログは、こはくをはく製にしてよかったよって、あの日から世界は壊れたけど、姿が見えるとわかったおかげで少しマシになったよって言いたかったんだけど、前が向けるようになったおかげで書くモチベーションが薄れてしまったんだと思う。
不幸中の幸いだったGWの連休明けに、普通に仕事に戻って上司やメンバーにあらましを伝えて、「多分どっかおかしいかもしれないけど、普段通り接してほしい」とお願いをした。
会社でひとり唯一の犬同盟が、オフィスで隣に座るなりボロボロ泣いてくれて、嬉しかった。嬉しかったなあ。
当時このブログをどう締めようとしたかが思い出せない。
こはくを亡くしてすぐ、この世界から何かが欠けてしまった感覚がずっとあって、タイトルのとおりずっとこはくが足りないって、いないとか寂しいとかじゃなくて、欠けてるって感情を残しておきたかったんだと思う。
こはくは今、飾り棚の中で母が作ってくれたベッドとベールに包まれて、ずっと寝ながら側にいてくれている。おれはたまらなく嬉しい。
当時をはっきり思い出せないし、過去の自分の感情をあまり上書きしたくない気がするから、中途半端だけどここまでにしておく。でも、欠けてる感覚はかなり薄まった。
今のおれがまた書きたくなったら、このカテゴリに追記する。
ぎんちゃんが最初に亡くなって、次にこはくが亡くなって、実は同年の11月に父も急逝してしまった。
もはやおれはいつ死んでも怖くない。みんなに会えるから。
でも今を生きる目の前の家族を幸せにするために、もっと生きねばとも思う。
その上でわがままを言うようだけど、どうか、みんなはおれより先に死なないでほしい。

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